カレーは(Curry)の語源としては、各種スパイスで具材を煮込んだ汁状のもの、即ちインドのタミール語のソースの意のカリ(Kari)から転じたという説や「香り高いもの」、「美味しいもの」という意味で使われるヒンズー語の「ターカリー」(Turcarri)から「ターリ」(Turri)に転じ、英名になったという説やその他の説があります。いずれにしても、インドを中心とした熱帯、亜熱帯地方でのスパイシーな料理を総称して英語で《カレー》と呼ぶようになったものです。
本場のインドでは、今でもほとんどの家庭が自己の処方に合わせたカレー料理を作っていますので、その種類は数百種にのぼります。例えば、肉類のほか魚介類中心のもの、野菜だけのものなどがあり、香り、色、辛味はお好み次第と言った具合ですが、日本のようなトロ味のあるものが少なく、サラッとしたものがほとんどです。
カレー料理は、17世紀インドを統治していたイギリスに伝えられ王室メニューに加えられたと言われています。その後欧風にアレンジされ、当初親しまれた上流社会から一般家庭にも広がるようになり、18世紀末にはCross&Black
well社によりカレー粉が企業化され、市販されるに至りカレー料理は欧州諸国で一時流行しました。
我が国へは、明治初期イギリスより料理法とともに上記C&B社のカレー粉が渡来し、米飯と結びついて《ライスカレー》として国内に広まってきたのです。
日本のカレーに欠かせないものとしては、肉類等の蛋白源のほか、じゃがいも、にんじん、玉ねぎがありますが、ルーツであるインドのものはタマネギとトマトが中心、トロ味をつける小麦粉はイギリス渡来後のものです。じゃがいも、にんじんがカレーに使われ出したのは、それらの栽培が普及してからであり、にんじん、玉ねぎについては明治20年以降のことです。
カレーの普及は、明治の後期頃まで西洋料理店が主な媒介でしたが、明治の末期より、ライスカレー、カレーうどんやカレーそばが食堂のメニューに出るようになって次第に大衆化されましたが、国内にカレーを広く浸透させた契機は、軍隊食メニューにライスカレーが採用されたことと栄養的にも、また料理の簡便さでも優れたカレーが集団給食にむいていたことが理由と考えられます。除隊した軍人たちは家庭にカレー料理のノウハウを持ち帰り、全国普及の役割を果たしたわけです。
戦後の学校給食に採用されたカレーも、同様な理由でカレー普及の大きな力となっています。
明治時代は、輸入のカレー粉に依存してきましたが、大正に入るや研究心旺盛な企業により、カレー粉の国産化が開始され、大正の末期には粉状タイプの即席カレー(カレールウ)も散見されました。第2次大戦後の昭和25〜6年には各メーカーにより各種タイプカレールウが次々と開発されました。一般家庭にこれらカレー製品が広く浸透していったのは、昭和30年代以降であり、この頃には缶詰カレーが、昭和40年代半ばには、日本の独創品であるレトルトカレーが商品化されています。また、昭和60年代に入り、電子レンジカレーも発売されました。
一般にカレー製品は、カレー粉、カレールウ及び調理済みカレーに大別されます。